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ヒンドゥー教における悟りの境地ニルヴァーナ

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ヒンドゥー教は非常に雑多な宗教であるが、
そこにはヴェーダの時代から続く悟りの探求の長い歴史がある。

仏教に対峙するヴェーダの宗教系で使われる悟りは意識の状態で、
人が到達することの出来る最高の状態のいくつかを言う。
サンスクリットのニルヴァーナ(涅槃)に相当する。
光明または大悟と呼ばれることもある。
悟りを得る時に強烈な光に包まれる場合があることから、
光明と呼ばれる。

インドではヴェーダの時代から、
「悟りを得るための科学」というものが求められた。
それらは特に哲学的な表現でウパニシャッドなどに記述されている。
古代の時代の悟りを得た存在は特にリシと呼ばれている。

ニルヴァーナには3つの段階が存在するといわれ、
マハパリ・ニルヴァーナが最高のものとされる
悟りと呼ぶ場合はこのどれも指すようである。
どの段階のニルヴァーナに到達しても、
その意識状態は失われることはないとされる。
また、
マハパリ・ニルヴァーナは肉体を持ったまま得るのは難しいとされ、
悟りを得た存在が肉体を離れる場合に
マハパリ・ニルヴァーナに入ると言われる。

悟りを得た存在が肉体を離れるときには、「死んだ」とは言われず、
「肉体を離れる」・「入滅する」・「涅槃に入る」なとど言われる。

悟りという場合、
ニルヴァーナの世界をかいま見る神秘体験を指す場合がある。
この場合はニルヴァーナには含まれないとされ、
偽のニルヴァーナと呼ばれる。偽のニルヴァーナであっても、
人生が変わる体験となるので、偽のニルヴァーナを含めて、
ニルヴァーナには4つあるとする場合もある。

現在でも、ガウダマ・シッダルータの時代と同じように
山野で修行を行う行者が多い。
どんな時代にも多くの場所に沢山の数の悟りを得た
(と自称している)存在に事欠かない。(私は違う)
通常、悟りを得たとする存在もヒンドゥー教
またはその全段階のバラモン教の伝統の内にとどまっていた。
しかし、特にガウダマ・シッダルータの時代
バラモン教が司祭の血統であるブラフミン(バラモン)
を特別な存在と主張した時で、
それに反対してバラモン教の範囲から飛び出している。
同時代にはジャイナ教のマハヴィーラも悟りを得た存在としており、
やはり階級制であるカーストに反対してこれを認めず、
バラモン教から独立している。

     フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
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